感じたこと、思ったことノート

主観の瞬間的垂れ流し、混沌の整理、迷子の自分探し。井戸の底から雲の上まで。

道の覚え方から 知覚機能と躓き 僕と学校の教科

この街に移って間もない頃、助手席に乗る知人に道順を教えてもらいながら運転していました。彼の説明は「そこを右」「次の信号を右」「~の建物の次の交差点を左」といった順番通りの説明。説明通りに運転するのだけれど、何回通っても『道順』を覚えられない。

「道順なんか一回で覚えられるだろ?」という心無い言葉。「道覚えるの苦手なんですよ。」と誤魔化しつつ心の中では(イメージが湧かないんだから覚えられるわけないのになぁ…)と思っていた。

次の日、仕方がないのでGoogle Mapで調べ、広範な地図、主要道路、要所の位置関係等を調べてから運転した。運転しながら頭の中で地図をイメージし、連動させながら覚えると、しっくりと地図情報や位置関係が頭に入り、いつでも頭の中で3次元を描き、移動できるようになる。

 

こういった事は小学校から今まで、無数に経験してきた。

学校の授業やテスト勉強も、中学校の頃やっていた剣道部も、言われた通りにやるのだが、何かが違っていた。

学校で習ったことは「なんとなく」言われた通りやってしまうので、楽しくもなければ「なんとなく」答えは分かってもしっかり理解しておらず、応用できないことが多い。

剣道もまた、なんとなく言われたことをやっていた。別に思い入れもなかったし、部活だからしかたなくやっていた。今思えば意義も見出せていなかったため、楽しくもなく、ただ体を動かしていただけだった。そしていつも途中でいつの間にか空想に浸り、何をやっているのかわからなくなる。

何事もわからないままなんとなく合わせてやることに慣れてしまっていた。

 

色々な心理学で説明がされるが、MBTIに繋がるユング心理学の優先される心理機能の違いという説明が僕の中ではしっくり来ている。この場合は知覚機能の違いが大きく、詳細からボトムアップで認識するのが得意な感覚(S)型の人、全体からトップダウンで入るのが得意な(N)直感型の人、という優位性の傾向の話。

誰もが双方の機能を持っているが、知覚機能の場合は特に意識しない限り優位(得意)な方が自動的に優先されるとされる。それが子供の頃の違和感を説明するにもしっくりくる。分かりやすい授業と何をやっているのかわからなくなる授業の違いもその部分に見出せる。僕の場合我侭だから興味も大きいけれど。

各教科と僕の関係を振り返って例に挙げてみる。

 

『国語』

漢字の読みは得意だった。形が何となく意味と関連付けて記憶されてるから。でもいざ書き順通りに正確に書こうとすると出てこないので、書きは苦手だった。

音読とかよくわからないから、自分一人で読むのは好きだった。作文はいつか書いたと思うけど、別の理由で嫌いだった。

テストに出る

漢語はどの枠でやったのか忘れたけど、これも苦手だった。意味が分からないまま覚えさせられて楽しくなかった。和歌もそう。意味やロジックが分かれば楽しかったかもしれない。今は和歌や俳句も好き。

 

『算数』

算数は得意だったけど数学に移って駄目になったのもその点だった。算数は数字や図形が形でイメージできる。数学はそこにたどり着けなかった。算数の延長みたいな教え方をしないで、言語的に教えてくれればよかったのに。

 

『理科』

好きなのは勝手に教科書読んで覚えてた。

化学は興味がわかなくて未だに苦戦する。もう少しこう、物質それぞれのイメージが固まって現実と関連付けて覚えられればいいのだけど。教科書や動画を見ても、それぞれの物質のイメージが違うのは良くないと思う。一度定着すれば問題ないと思うけど、僕のようにイメージに振り回される人間には辛い。化学式も算数の延長だと思い込んでいたのがいけなかった気がする。また勉強してみようかな。

 

『社会』

小学校の時は記憶にない。何やったっけ。

中学に入ってからは地理は得意だったけど歴史は苦手だった。特に日本史が苦手だった。年号とか覚えさせられるのが苦痛でしかなかった。

でも趣味として点で記憶されていった戦史や政治、地理や自然環境、芸術が繋がるようになってくると、全てが勝手に繋がって気づけば世界史が頭に入っていた。覚えようとしなくても自分の中で繋がれば勝手に記憶される。近代なんかは大英帝国様様である。今更覚えてもレール的に見れば手遅れだけど、レールに乗らなくて結果オーライだろう。

日本史も結局は日本だけで覚えていたからいけないんだと思う。世界史の中の日本なのだから。年号と名称とかより、『いつ』『誰が』『何を』『何のために』『どのように』を、それぞれの関連性を持って覚えられないと難しい。そういう意味で戦史や政治状況の概略図、相関図なんかはとても分かりやすい。ハプスブルク家とかもうぐちゃぐちゃだけど、興味がそのぐちゃぐちゃを気持ちよくして覚えるわけで、それが日本史に適応できれば気持ちよく覚えられると思う。その興味がまだ湧かないけど。僕の場合日本史は人物に興味が湧かないから、土地の特色、交易なんかから繋げられれば面白くなるのかもしれない。

あと第二次大戦楽しみにしてたのにさらっと日本が悪いで終わらせるのほんと酷いと思った。人の楽しみを何だと思っているのか。

 

『体育』

体育は苦手だった。体動かすのは得意ではなかったし、複雑なことを順に覚えさせられると途中で何やってるかわからなくなる。球技は一番嫌いだった。痛いの嫌だしチームプレイも嫌いだもん。失敗したら迷惑かけちゃうじゃん。ボール追っかけるのも意味わかんない。できるのは跳び箱や体操、水泳ぐらいだった。

 

『音楽』

歌も楽器も強制作業にするからいけないと思う。楽しくないし覚えられない。その上点数までつけられるから興味を失ってしまった。やり直したいなぁ。

 

『図工・美術』

好きだった。『自分の表現』が許される時間だった。皆がウサギの笛を作る中カエルの笛を作っても怒られなかったし、絵も好きに描けた。でも中学の美術では先生に「いいんだけどこまごまし過ぎ」と言われて傷ついた。僕の見る森はこまごましてるんだけど…僕がいいなぁと思ってた友達の絵の評価が低かったのも気になった。今考えるとそもそも評価いらないと思う。

 

『家庭科』

小中を通して僕の成績が一番よかったのが家庭科である。楽しかったし、現実にすぐ結びついた。給食に食育の一端で栄養の説明がいちいちあって、それが家庭科で習う栄養ともすぐ結びついた。ある意味で味覚に直結したのも良かったんだと思う。

 

『英語』

英語は好きだったけど授業はつまらなかった。点数は取れたけどあんまり釈然としなかった。今考えても必要のないテストが多いと思う。それと名称を『アメリカ英語』か『英語(US)』に変えたらどうかと思う。

授業の思い出と言えば、クラスに一人帰国子女の子がいて、先生はその子に発音させるのだけど、その時の周りの反応が僕は嫌いだった。日本の学校の象徴的な空気。

 

『道徳』

ふざけてるの?

 

 関係ないことまで書いてしまったのでわかりづらくなってしまった。

 

傾向として、僕は順番に与えられた情報をそのまま作業的に覚えるのは不得意で、全体が見えるとイメージが繋がり、理解し易くなるという事。

MBTIの便利なところは、その傾向に基づいて色んな所で情報が集められているところだと思う。僕はそのS感覚 - N直感では後者の傾向が強いのだが、これもマイノリティ側。社会全体で多くの人はS側に傾いているのでそこに躓きを感じないし、教科書もそちらに合うように作られている(意図されず)ものが多い。順番に淡々とただ情報をインプットする先生と、分かり易く概要を伝えてから入ってくれる先生(珍しいタイプ)の違いもそこにあるのかもしれない。

 

このひたすら情報を覚えさせる授業方式に躓いたり、そういった教室に馴染めずに弾かれたりするのも僕と同じタイプの人が多い。それはマイノリティ側なので仕方ないことなのだろうけど、感覚の優位と同じく、これも早めに対処法に気付いていれば対処することが出来た問題だった。

 

僕はまだ『わからないままなんとなく合わせてやること』に慣れられたのでマシだったとも言える。それは逆に不幸だったとも思っている。でもそもそも社会の枠やキャリア自体に魅力を感じないからこれでよかった。

ただ、多くの人は社会に生きる道を求める。しかしこの学校で人生が決まってしまうような社会では、先ずは多数派の性質に合わせて合理化された学校教育によって同質性の篩にかけられる。その篩で可能性を潰されてしまった子はどれだけいるのだろう。どれだけの子が無意識のままこれから選別されようとしているのだろう。そう考えるととても辛くなるのです。

 

せめて彼らが自分を知り、違いを知り、対処法を知っていたなら、たとえ自分に合わない中で学習することになっても自分自身に『出来ない子』というレッテルを貼ることもないだろうに。

子供に対して合わせられない方が悪い(と口には出さなくてもそういうシステムになっている)というのは横暴だと思う。必要なのは個が自分の特性の活かし方に気付けるサポート、そして生き残るためのサバイバルツールだと思う。

難しい問題ではないのに、マイノリティであるがために認知されずに、又は無視され、繰り返されてしまう。それは悲しいことだと思う。

 

 

「道順なんか一回で覚えられるだろ?」

子供の頃からこういうことばっかりでした。それに適応したがために、テストで答えは分かるけどなんでその答えが出てくるのか自分でわからなくなったりする。せめて自分に合った地図・位置関係の覚え方のように気付き、理解しながら学習していればそうではなかったのかもなぁと思うのでした。

記憶と夢 僕の見た印象的な夢ランキング

昨夜寝る前、記憶にある風景を脳内にある地図の道を辿りながら思い起こしていた。

飛び飛びの記憶の中の風景を辿っていると、ところどころ確実に現実ではないものが混ざっている。夢の中で見た光景だった。見たことも忘れていた印象の薄い夢たちだったけれど、意識的に想起することでどんな夢だったかも何となく思い出すことが出来た。

そんな夢たちがなぜ現実に足を運んだ場所の記憶の所々に紐づけされていたのだろう。夢で見た光景は現実で見た光景と違っているのに。

夢は記憶の処理プロセスであるという説があるので何となく納得は出来るのだけど、もやもやした変な感じが残る。不思議な感覚だ。

 

そこでふと、この記憶の断片に付随する『夢で見た記憶である』という認識が無くなってしまったらどうなるのだろうと思い、少し怖くなった。それがなくなったら恐らく夢と記憶の区別がなくなり、夢と現実の境界も無くなってしまうのだろう。

上手く使えれば自分の過去も塗り替えることが出来るかもしれないけれど、完全に消すことは出来ないのにいろんな現実が混在してしまうとすれば、より混沌とした世界の中に生きることになるんだろうな。そう考えるとやはり怖い。

もし人の心を読むことが出来て、自分の心がそれに耐えられないくらい弱ければ同じようなことが起きるのかもしれないとも思った。

 

海馬の損傷で記憶が数秒しか保持されない人もいるらしい。外から見ればもの凄く恐ろしいことではあるけど、そんな記憶も残らない本人にとっては恐ろしいどころかそれが自然となる。

夢と現実の境界がない人は壊れてしまうらしいけど、外側から見れば壊れてしまっていても、本人にとっては壊れていないのかもしれない。

 

自分で頭に浮かんだまま書いているので、書いていて何を書いているのか理解していない。変な人だと思われるといけないので無修正版はこの辺にしておこう。

 

 

夢ついでに、今までに見た夜の夢で印象に強いものランキングでも書きましょう。現実の繰り返し系悪夢は無しで。夢だから変な内容なので、そういうの苦手な方は読まないでください。

 

 

第3位 侍に追いかけられ首を斬り落とされる夢

これは小学校低学年の頃に良く見た夢。逃げるのだけど結局追いつかれ、首を斬り落とされて目が覚める。いつも違う道を逃げるのだけど結局追いつかれて斬り落とされる。斬り落とされてもしばらく目が覚めないこともあった。断頭台で処刑された人はあのような光景を最期に見るのかな。舞台はその時によって違うのだけれど、ビルの隙間の路地裏で侍に追いかけられるのは今思えばシュール。でも当時は本当に怖かった。怖いと認識する以前に恐怖を感じてる。

 

第2位 ゴリラにレイプされる夢

これは20代前半の時に見た夢。夕方、とても疲れている時に寝てしまった時に見た。自室で寝たのだけれど、夢の舞台は2階の奥の部屋だった。家の中でちょっと雰囲気が違う部屋。幽霊は信じていないけれど、その部屋で人影を見たことがある。そういう不思議な部屋を舞台に、巨大なゴリラに襲われ、殺しにきているようなもの凄い気迫で、僕は生命の危機を感じているのに抵抗が出来ない。僕は男だけど夢の中では関係がなかった。

襲われて数秒で目が覚めたけれど、心臓がバクバクで脂汗がもの凄いことになっていた。暫く呆然としていたのを覚えている。

 

第1位 無表情・無言のお地蔵さんにどこまでも追いかけられる夢

これは小学校高学年の時。一番不気味で一番意味が分からないのに一番現実味があって怖かった。お地蔵さんがぴょんぴょんキョンシーみたいに跳ねながら追いかけてくる。現実の道に沿って逃げた。遅いので侍と違い距離を離せるのだけど、暫くするとブォ~ンという耳鳴りと変な気配とともにお地蔵さんが視界に入ってくる。その繰り返し。階段を上っても、家に入ってドアを閉めても突き抜けてきた。追い込まれたところで死ととれるもの凄い恐怖とともに目が覚めた。

 

 

いい夢より悪夢の方が印象に残りやすく、夢は見ている途中に目が覚めると記憶に残り易いともいわれる。こういう飛び起きるタイプの悪夢の場合はどうなんだろう。飛び起きなけらば記憶に残りづらいのだろうか。記憶に残らないならそもそも見ているのかもわからないし、飛び起きたから夢を見たのかもしれない。(自分で書いてて突飛だと思った)

 

僕の夢は小さな頃から意味の分からない現実離れしたものばかり。現実の人は出てくるのだけど、内容がいちいち飛躍し過ぎて、しかも飛び飛びで置いてけぼりになる。

そういう意味では意味不明な夢か悪夢ばかり。もう少し現実的な夢を見れれば夢の世界がパラレルワールドの自分の体験した世界だ、という話も信じられるのだけど…

楽しい夢は見ていても記憶に残っていないのか、そもそも見ていないのか、どっちなのだろう。楽しい夢が見たいなー。

ADHDセルフチェックテスト 『レッテル』『線引き』『盾』

ふと思い立ってADHDセルフチェックテストをやってみた。

 

いくつかやってみたけど、結果はどれも高得点をマーク!「専門医に診断を受けましょう」だって。流石USA、そのまま近くの推奨専門医を紹介してくれるサービスに繋がるのもある。

僕は多動性はあまりないので不注意優位型になるのでしょう。小さい頃から注意力散漫だと言われて育ったからね。

 

ただこれは分かりきっていた結果。やるまでもなくその特性は自覚してるし、そもそもADHDを障害だとは思っていないのでやる意味も感じなかった。

やってみた感想は正直ちょっと嬉しかった。僕からすれば意味の見出せない作業に集中できる人は尊敬に値すると同時に、その人達と同じ枠には当て嵌められたくはなかったから。違うのだから当たり前。

 

 

16タイプ診断とも呼ばれるMBTIに当て嵌めれば、僕のタイプはADHD(ADD)そのものだとも言われる。それぐらいADHDは性格型の特性に相関する。

僕が枠が嫌いでもMBTIが嫌いではないのは、各特性を傾向で捉えるところ、そして一つの特性を有利な面と不利な面の両面で捉えるから。ただ、全ての人を16分割しただけではやはりレッテルやバイアスに繋がると思うし、僕はそのタイプにも囚われたくはないので、ツールに留めているつもり。自分、そして人の多様性に触れるには良いツールです。

 

 

現実にADHDと診断される特性は、ヒトとして自然な部族社会では必要なタイプでも、現代社会という枠の中で人間の社会生活をするにあたってはとても不利な特性。

現代社会ではすべてが構造化されていて、その中で与えられた役割を担って生きなければいけないのだから、俗に言う地に足がついていて正確に作業ができることが優先される。

僕が仲良くなれる人は大体この特性を持っているので、必然的にフリーターとして社会から距離を取って生きたり、僕のように日本を離れたり、ADHDとして生き辛さを抱えながら生きていたりする人ばかりとなる。

でも彼らはどの人も素晴らしい人たち。とても鋭い感性・深い世界を持っている。そういう人たちが生きづらい社会が嫌い。

 

ADHDが『Fictitious Disease』かという議論が起きるが、これは不毛だと思う。ただ、発達障害や精神病は多くがそうだけど、やはり病や障害という言葉は引っかかる。

重要なのは作られた病・障害(個性)か実際の病・障害かではなく、その生き辛さの方だと思う。

そういう特性を持った人が一定割合居て、その人達がある種の社会での社会活動に困難さを持っている。事実はここまでで、これから先は解釈の問題だと思う。

個性だけど生き辛いのは事実で、それが障害とされるくらい許容範囲の狭い社会の枠の中では、障害と見ることもできる。

 

僕が今いるこの国ではADHDという概念がまだ入ってきていない。多分入ってきてはいるけど、社会の在り方が全然違うので認知されないだろう。日本人的に見れば信じられないような人も社会生活できているのだから、その概念は必要がない。自閉症に関してはたまに聞くようになってきたが、どうなるだろうか。

 

 

例えば、僕は以前LD、ADHD、自閉症(自閉症は幅が広く、ここでは単なる例なので深く考えないでください)という、世間で言えば発達障害児の子たちが社会生活の中での不自由を少なくするよう支援するNPOでボランティアをしていた。基本的には外出の引率手伝い。見通しを立てて混乱を少なく生活できるよう、外出を通して学ぶ感じになる。

癖があると感じることもあるが、どの子も素晴らしい子達だった。彼らが抱える困難もそれぞれ幅があるのだけど、その困難の多くは社会生活の中での話。もちろん社会で生きる以上、それはある程度克服しなければ本人にとっても辛いもの。しかし裏返せば、社会の個性を含めた人としての許容範囲が広ければ、僕に言わせれば健常者のレベルだった。

学校の通常クラスでは面倒を見きれない。それは事実だろう。でもそれは彼らが発達障害児だからなのか、それとも現在の学校システムの限界のせいなのか。そこは社会の在り方次第だと思う。10人クラスを2人の担任で見るのであれば、教育の在り方次第ではそういった子の1人2人は許容できるだろう。

ただその為には学校教育の後の社会における許容範囲も広くなくてはならない。それは現在の日本では非現実的と言える。

そういった意味で外から見れば『レッテル』という側面、『線引き』という側面、そして彼ら自身から見た『シールド』という側面も、状況に応じてそれぞれ考慮しなければならないと思う。マイノリティの問題はどれもそうで、多角的に見ないと危ないと思う。

 

 

僕は自分の性格上、そして自分の立場上、多くの発達障害や精神障害と同じくADHDを障害だとは思わない。発達障害は多くの場合個性であって不寛容な社会の問題だし、精神障害はその人の置かれている状態とその人自身の間にある問題だと思っている。

 

それは僕自身が同じ特性を持っていて、その状況に置かれてきて、そして現在僕はその不寛容な社会の内側に居ないから言えることでもある。

 

ADHDに関して言えば、個性であって障害ではないという立場の人は多いが、概念が一般的になった現状、それを一概に、大声で言うのはやはり危ういと思う。

ADHDは社会という枠の中で生きる為に、彼らが心を守るために活用しているもう一つの枠という側面があると思う。自分自身を守るため、許すために必要とされている側面が見える。実際にその枠の中で傷つきながらも生きている人は、ADHDというタグを『シールド』として活用しなければ一人の人として生きていくのが難しい。それはそれでその状況の中では賞賛すべき生存術だと思う。社会が変わらない中でいきなり「シールドを捨てろ」、「君たちが頼る枠は存在しない」と言うのはあまりにも酷。神経症や精神障害と定義される人相手にもやってはいけないことだと思う。

 

ただ、そのADHDという枠が彼ら自身の個性を『障害』と定義する以上、その枠は個の輝きを失わせる呪縛でもある。そこに囚われ過ぎるのはその人が本当の自分を見つけ、輝くことを邪魔する足枷になってしまう。変われない自分自身を障害として騙しながら生きるのはやはり辛いことだと思う。

 

とても難しい。

 

全ては生きた状況の中に発生している問題。

アドバイスする側ならば、そういったフィルターを一度外して、その人自身のその現状を見極めてアドバイスするしかないだろう。しかしアドバイスする側は常に自分の言葉の重さ、言葉の責任を頭に入れておかなければいけない。

 

自分自身がそうであるなら、やはり元気のある時に本当に自分の問題なのか、社会との在り方の問題なのか、であるならばどうやって自分自身として社会と付き合っていけるのか。自分を責める前に自分自身を知り、自分への理解を深めてみて欲しいです。

生き辛さは事実なのだから、シールドは状況次第で活用すればいい。最終的に捨てられるのならば一番だけど、それはすぐに考える必要もない。相対的に考えればいいと思う。ただ、もし服薬している方は薬は気を付けて欲しいです。

僕はPTSDと診断され苦しんでいた時期は、様々な薬と付き合い、というか薬に飲まれていた時期もありました。それも必要だったとは思っているけど、薬を抜くのは本当に苦労しました。そして当時僕の支えになってくれた大切な人はODで帰ってこなくなってしまった。辛さから解放されたのかわからないけど、やっぱり残された僕は悲しいしやるせないし、その人を追い込んだ世間が許せない。

薬は状況次第で必要でもそれはいつか捨てるつもりで、どうか飲まれないでください。残酷な世界に身を置かず、残酷な世界を見ずとも生きる方法はどこかにあるはずですから。

 

 

色々書いてしまいましたが、何より非難すべきはこういったただ生きようとしている人々を『障害』『病』と定義して、認めた顔をしながら排斥し、裏返せば光る部分である特性や心の叫びを薬で押さえつけてまで同じ色の歯車にすることを是とする社会だと思います。本当に許せない。ADHD?どっちが歯車病だよ。と言いたくなってしまうけど、それを言えば同じ穴の狢。彼らも彼らなりに頑張って生きていて被害者なのでしょう。でも許せないものは許せないなぁ。

何故か久々に『リベリオン』が観たくなった。

 

 

すべて個人の感想と個人的な解釈なので、辛い中に居られる方はあまり深く考えないでください。違和感を感じていて元気な方はご自分の解釈を見つけてみるのもいいと思います。周りにそういう人が居る方はどうぞアクションはご慎重に。

 

あーあ、雨も止んだしお散歩行ってこよっと。

中華料理症候群 化学物質過敏症 マイノリティ

昨日は折角のお祭りなのでたまにはと家族で中華シーフード店でBBQ Steamboat Buffetを食べました。それがいけなかった。

 

中華料理症候群というものが言われるけれど、こちらで外食をすると時々これになる。異変を先に訴えだしたのは妻。後頭部が変で気持ち悪いとのこと。暫くして僕も後ろ首の付け根から異常が始まり、頬のしびれ、頭頂部、眉間の痛みまできた。そこまで長続きはしないのだけど、続いてくるのはいつも強い眠気。そして下痢。お金払ってこれは悲しいので結局外食を避けることになる。

 

元々はそんなことなかったのだけど、ジャングルの中で化学物質に触れない生活をしていると色んなものに過敏になった。今は日本に帰ってもかなり食事に気を付けることになる。

洗剤の香料とかも吐き気や頭痛がするし、新しく建てられた建物は目が開けられなくなる。皆平気で立ち話してるのに。ただでさえ電車は辛いのに、色々な成分が飛び交うこともプラスされて更につらくなった。

 

化学物質過敏症も認知が進んできたようだが、食品添加物はやはり難しいのかもしれない。特にグルタミン酸ナトリウムは否定的な論文が出れば意見が一気に拡散される。企業が必死なのはわかるけど、その誰がしたかもわからない研究結果を「ほらみろ」と言わんばかりに拡散するTwitter他SNSの住人たちは何なのだろう。自分が食べているものを否定されるのが嫌っていう心理が内側にあるのかな。科学と宗教が被るのはこの瞬間。

 

コーヒーは身体にいい、コーヒーは身体に悪い論争と同じで、一つ新しい研究が出ればすぐそれに飛びつく。そもそも論文なんて目安にしかならないし、傾向からリスクを判断するのは常に読み手だと思うけど。

 

とにかく、実際に化学物質に影響を受ける側とするとなんとも言えない。これもマイノリティに対する暴力と同じ構図なのだろう。共通点はあるがひとりひとり違う原因成分があるし、違う症状に苦しむこともなかなか理解されない。

これだけ症例のあるグルタミン酸ナトリウムですら中々理解してもらえないのだから難しい。

 

僕はまぁ耐えられるレベルだからいいんだけど、苦しんでる人が『無い』と言い切られることでどんな気持ちがするか考えたことがあるのだろうか。どうしようもないんですよ。そのどうしようもないことを理解してあげる姿勢を見せるのか、それとも「お前が例外だ」と切り捨てる態度を示すのか、その違いは大きいと思う。

 

アレルギーくらいメジャーにならなければ難しいのかな。

『楽しかったこと』から

楽しかったことについて書こうと思ったのだけれど、楽しいというのが何なのかよくわからなくなってしまった。

先ず楽しいというと『あははは』『えへへへ』『いぇーい』っていうイメージがあるのだけど、それをよく感じたのは中学校前半くらいまでだろうか。その頃までは今考えると意味のわからないようなことで狂ったように笑ってたけど、それを過ぎてからはあまりない。少なくとも『楽しかったこと』を思い出そうとしても思い出せない。

多分あることにはあるのだけど、一過性の感覚で記憶に残らないのかもしれない。

 

僕は思春期の頃に色んなことが重なって、色んなブランクがある。一時は感じなくなった感情も今はまた前以上に感じると思っているのだけど、それ以前の自分との継続性が感じられなくて、色々と分からなくなることがある。

そういうことがあったから今の自分なのか、元々の自分がこうなのか、まぁ普通に考えて両方なのだとはわかるけど、それがしっくりこない。色々と繋がってないから。

だからその楽しいと感じていた気がする自分が本当に自分なのかがわからない。

 

楽しいことを書こうと思ったのに楽しくない方向に行きそうなので軌道修正…元気がないとすぐこうなってしまう。

 

気を取り直して、大人になってからはどうだろう。

『子供の楽しい』を同じように感じていそうな大人の人はいるけれど、多分すべての人がそうではないと思う。外向的な人はそのままの楽しいを感じられるのか?と考えても、自分がそうではないからわからない。

 

僕の場合楽しいという感覚はあっても、それに別の感情や感覚が付随していることが多いので、自分の中でそれを『楽しかった』とカテゴライズするのが難しいのかもしれない。『~が~で楽しい』とか、『~だから楽しい』とか意味付けされていて、『ただ楽しい』を感じること自体が少なくなったのかもしれない。そしてそれら理由付きの『楽しい』は『楽しい』とは記憶されていない。

 

あと『楽しかった』という事を思い出すのが難しいもう一つの理由は、記憶の中の区切りが幸せな時間とか、充実した時間とか、そういう風な区分になっているからだと思う。『楽しい』というのは感じないわけではないけれど、そういった時間の一部になっているような気がする。

 

以前日本語教師のコースを受けていた時に、語句を分析する一環として『楽しい』と『嬉しい』の違いを調べた。色々と違いはあるのだけど、今書いていることに関係する部分で言えば、『嬉しいは瞬間的な感情』(ほめられて嬉しい、~をもらって嬉しい等)であるのに対し、『楽しいは継続的な感情』(~[をする時間]が楽しい、~に行って楽しかった)に焦点が当たっているということだった。

今考えれば、「大人になってからはそのこと自体が楽しいと言えるほど楽しいが継続していない」という事かもしれない。だから子供の頃のように「友達と出かけて楽しかった」とか、「あの映画が楽しかった」とか、楽しいを基軸に情報が引き出せないのかも。嬉しかったことはすぐ出てくる。

 

「友達と出かけて有意義な時間を過ごした」その中に楽しいはちょくちょく入ってるけど、その他に面白い、嬉しい、悲しい、恥ずかしい、面白い、辛い、幸せ、疲れる、満たされる、興味深い、寂しい等、様々な感情の瞬間を自覚して過ごしているので、「有意義だった」や、曖昧で包括的な「幸せだった」でまとめなければならないのだろう。前述したように『嬉しい』は瞬間に焦点が当てられるので「友達と会えて嬉しかった」とは言えるのだけど、楽しかったは使うのが難しい。

 

もう一つ書き加えるなら、僕の無意識の中で『楽しい』は優先順位が低いのかもしれない。そういった常に感じている感情の中でも、楽しいは意識して記憶されていないと感じる。僕は何かと意味付けしようとしてしまう所があるので、今までだらだらと書いてきた理由と併せて、あまり意味を感じることがなかった『楽しい』は記憶されてこなかったのだろう。

だから楽しいことに迷うと、友達に「何か楽しいことない?」と聞いてしまう。だいぶ前からの癖。他人の楽しいを聞くのも楽しいのだけれど。

 

楽しかったことを書こうと思っていたら、楽しかった思い出が出てこない言い訳になってしまった。

 

『楽しかったこと』はハードルが高いので、最近『楽しいを感じたこと』を書いてみよう。

 

・友達の誕生日プレゼントを選んでる時

やっぱり色々思い浮かべながら物を選ぶのは楽しい。気に入ってもらえなかったらどうしようとか、もう持ってたらどうしようとか考えてしまうけど、探すことは楽しい。

 

・子供と遊ぶ時間

童心に戻って昔のように遊んで楽しいというよりは、子供が楽しむのを見るのが楽しいのかな。嬉しいでも当てはまるのだけど、その時間はやっぱり楽しいんだと思う。

 

・これを書いている時

自分の中で感じたことを整理して、アウトプットすることはやっぱり楽しいのだと思う。もう一個義務感で書いてるブログは『楽しい』が少ないから毎日は書けないのかもしれない。

 

・人の書いたブログを読んでいる時

やっぱりそれぞれの観点、捉え方、感じ方、表現の仕方に触れられるのはとても楽しい。色んな人生に思いを馳せることが出来る。

でも要点が受け売りでしかも一般化して断定的な書き方のブログはやっぱり僕には合わないのかなと思う。心や感性、人生に触れたい。

 

・本屋のセール

倉庫のような本屋でセールをやっていて、色々な掘り出し物があった。やっぱりこう、自分の好きなものを探す時間は楽しい。何時間も会場を徘徊して物色する時間、面白そうな本との出会い、お金と相談しながらその中から買うものを選ぶ時間、そういうのは楽しいと感じた。ホームセンターを徘徊するのが好きな理由と同じかな。

 

 

最近感じた楽しいはそんなところでしょうか。元々落ち着いているとよく言われるように、冷めて見えるようなので、もう少し意識的に楽しいを拾っていけたらなぁと思います。どのみち感じても外に出さないから冷めて見えるのは変わらないかもしれないけど。うーん。

引きこもりというレッテル

引きこもりという定義を作って、人をそれに当てはめてレッテルにしてしまうのはどうなのだろう。レッテルになるとどうしても『引きこもり』と『引きこもりじゃない人』を二分化する為、引きこもりじゃない人にとっては引きこもりは自分とは違う存在となる。それは引きこもりを社会の問題と捉える時、無意識に自分を正当化するとともに、引きこもるのは引きこもりに問題があるという思考や態度に結び付くことが多いと思う。それは結局レッテルを強化したり、対象を無意識に殴る暴力になってしまうような気がする。

 

そういう人たちが好きな『我々』には『我々ではないもの』の条件がその社会ごとに通念として存在する。社会の問題と捉えるなら、一度その無意識の線引きを見直した方がいいと思う。

僕は『我々』という圧力は嫌いだけど、それは分別がないから。我々は同じ地球人で、我々は同じ日本人(定義は色々あれど)で、日本の社会と関係を持っている。我々として『引きこもりという社会問題』に対しいてできることは何だろう。

先ずは僕は、同じ社会と関係を持っている人として、引きこもりか外に出ているか、仕事をしているか、仕事をしていないか、そういった線引きを取っ払って社会問題を見つめることが必要だと思う。その線引きがなくなれば、『引きこもり』というレッテルは勝手に作られた線引きで、それはただの社会の中で個人に起こり得る『現象』と捉えることが出来ると思う。

 

個人によって度合いは違っても、人の個々を様々な傾向の集合だと考えれば、多かれ少なかれ誰にでもその現象が降りかかる可能性はあるという事に気付けると思う。現象はその『状況下において』は自然に起こり得るものなのだから。

 

 

我々は誰でも引きこもる可能性がある。その前提に立って初めてどういう特徴・傾向を持った『個』が引きこもる可能性が高いのかという話ができるのではないだろうか。

その延長で初めてその人達の多くがなぜ家・自室から出ることも難しくなってしまうのか、なぜ多くが家族とすら話すことが難しいのか、といったことも考えられるようになるのだろうと思う。

 

『引きこもる可能性』が『リスク』かどうかも状況によって相対的に考えないと、引きこもることはリスクという先入観に繋がって暴力になる。人がそれぞれ生きていれば状況もそれぞれ生きている。それは一般化できるものではないと思う。

 

ただその『現象』は一般化しなければ捉えられない。人が引きこもりるという現象は、我々の関係する社会で一定の割合で起きる。一定の割合で起きるのであれば個人のエラーではなく、社会システム上の必然だろう。であるならば我々と社会の在り方の問題であって、現象の起きる『状況』に目をやらないといけない。

引きこもる個人は相対的に増えたり減ったりする中の1人で、ある側面から見れば被害者。しかしその被害者が個である以上一般化は出来ない。何故Aさんは現象の矛先になったのか、なぜBさんは現象の矛先になったのか。それは単純な小さな現象たちが複雑に個に影響した結果でもあり、それ自体が現象でもあるのだと思う。

眠いから何を書いているのか自分でもわからなくなってきた。

 

とにかく、個人をレッテルで捉えれば現象も捉え損ねるし、その個人の置かれた状況も見誤るし、その個人そのものさえ歪んで見えてしまうかもしれない。結果、それぞれの関係である『人と人』『人と家族』『人と学校』『人とそれぞれの社会』の生きた関係において、良からぬアクションが引き起こされてしまうのではないかな。その先には痛みしか見えないよ。という事を言いたかった。

大事なのは『私』『私たち』『我々』がそれぞれどう現象を見極め、それが起きる『状況』と対峙するかであって、個人や家族など、より小さい集団に問題を擦り付けることほど悲しいことはないと思うのです。

 

今の世間と『引きこもり』やその他のレッテルの関係は、レイプされた少女を石打刑で裁くための『不貞罪』とそんなに大差ないと思う。不貞罪の少女を殺せば問題が解決されてスッキリするんだけど、また同じ少女が出るのはなんでだろうなぁって言ってる。レッテルや周りの目に囚われるから名誉殺人なんて悲しいことも起きてしまうのに。

場所や時代が変われば常識も変わる。そんな不安定なものに裁かれるのは理不尽。

 

今日は祭日だから楽しいこと書こうと思ってたけど気づいたらこうなってた。眠いので自分で何を書いてるのか理解してない部分がある。

明日こそは楽しいことを書こう。

 

*追記

今日拾ったMeme。

f:id:hasriq:20190605234345j:plain

理不尽だけど分かり過ぎて笑ってしまった。どこも同じなんだなぁ。

未知の世界の喪失 夢と希望

夢も希望もない。しょっちゅうそんな思いに駆られます。

 

世の中にはいろんな人が居るけれど、夢や希望を自分の所属する何かに見出せる人が羨ましいと感じる時がある。夢や希望なんて必要ないという事のできる人も羨ましい。そういう生き方ができるという事なのだから。

「思い描く未来の為に~」っていうことを言う人もいるけど、それは僕にあう考え方ではない。僕の思い描く未来は現実とはかけ離れて実現不可能だと自分でもわかっているのだから。

僕はそういうのはやっぱり無理。見出せたとしても「やるべきこと」であって、それを夢や希望にして生きることは出来そうにない。

 

 

はっきり言葉にするのが難しいのだけれど、もう少しこう、未知の世界(場所)が欲しい。それが有るか無いかではなく、あるかもしれないという希望が欲しい。

桃源郷でもいいし、地底世界でもいいし、誰も知らないところ。未知だから夢が描けるし、それが希望にもなると思う。

実際行くかとか、そこが住み易いかとか、そういうことはどうでもいい。『行けるかも』と思えれば心の拠り所になる。

 

ファクトがどうこうとか現実はどうこうとか、そればっかりだと僕にとっては夢も希望もなくなってしまう。世界は探索されつくしてしまったし、溢れる情報のせいで他の国に希望を持つこともできない。

月や火星は人が住む環境ではないという事実が先行してしまったので、例え植民計画があってもそこに僕の希望は見だせないし。

 

結局寝てる時の夢の世界がどこかに繋がっているのではないかとか、パラレルワールドを想像したり、スターゲイトのように他の文明のある惑星を想像したり、友好的なエイリアンに連れて行ってもらうとか、アトランティスがどうのこうのとか、あるいはマッドマックス的な文明の破綻した世界を想像するとか、そういう方向になってしまう。でもそれは妄想であって、頑張れば夢にはなるかも知れないけれど、希望にはならない。

もっとこう、手の届きそうな未知の世界でないと難しい。でも手の届きそうな未知は既知にされてしまった。

 

ほんの150年ほど前まではそんな未知の場所を誰でも描くことが出来た。

ヒトが移民として生息域を広げてきたように、未知の世界に夢や希望を思い描く人がいるのは、そうでない人がいるのと同じく自然なことだろう。

でも今の、ある種の人達にとっての『現実』『事実』『正しさ』『論理』『客観性』なんかが重視される世の中では、非現実的な夢をみることも許してもらえない。ヒューマンネイチャーだと思うのだけど。

映画『モアナ』で彼女の祖先たちが冒険航海をしながら新しい島を見つけ、村を築き、その繰り返しで広がっていったのは、太平洋諸島だけでなく人類の歴史そのものだと思う。衝き動かされるのにも理由があるように、その未知そのものが希望でもあったのだろうと思う。

 

でも現代にはもう未知の場所、探検・冒険の行く宛てがない。すべての場所が境界線で囲まれてしまった。衝き動かされても生き辛くなるだけ。そういう意味で夢も希望もない。

だから人には物語りが必要だし、アニメやゲーム、インターネットの世界も必要なのだと思う。一神教的な死後の世界もそうなのかな。それらが好きな全ての人がそうとは言わないけど、一部の人にとってはそうだと思う。希望にはならなくても、心の拠り所として。

現実や事実に生きる人たち、それが多数の社会は、人が縋るそういうものまで否定しようとするから更に夢も希望も無くなる。同じプラクティカルな世界に住んでいても、根っからのプラクティカルな人と、そうじゃない人が居ること、その違いが自然なものであることは理解すべきだろう。

それさえなくなれば、例えその先が分からなくても、窮屈で生き辛い生からの『解放』を求めるしかなくなってしまう。それはある意味で自然な本能の成れの果てなのだから。そしてそれが解放であるという側面がある以上、僕はそれを否定することができない。

 

 

さぁ文章がいよいよ怪しい流れになってまいりました!元気がないと文に出ますね。

また明晰夢の練習でもしてみようかなぁ。でもいつも変な夢見るんだよなぁ…。