感じたこと、思ったことノート

主観の瞬間的垂れ流し、混沌の整理、迷子の自分探し。井戸の底から雲の上まで。

退院 活力不足 遠く

ホーム、スウィートホーム。やっぱりお家がいいですね。

傷口の洗浄のために毎日通院しなきゃいけないものの、退院できました。両腕が採血と点滴跡で痛いです。これだけ失敗されると採血恐怖症になりそう。いや、僕の血管が悪いんですけどね。さらっと看護師のせいにしようとしてごめんね。

 

こちらは選挙ムードです。州の地方選挙とはいえ憲法もあって首相も居るのでムードとしては国政選挙。知り合いが2人出馬するらしい。精力的ですね。

 

精力、活力、そういったものが最近僕は枯渇していると思う。前よりは迷子感がマシなのだけど、なんかこう、迷子感が酷い時の方が精力的だった気もする。「暗闇を抜けてみれば、闇の中にこそ救いはあった。」とかいうどこかで聞いたような結論にならなければいいけど。

まぁ、自分も人生もなんだかよく分からないという意味では今でも迷子なのだけど、その感覚が変わったかな。間違い探しではなくなった。そういう意味では認めたのだろうか。

 

もっと精力的に、活力的に生きたいとは思うんだけどな。何のために?ってなっちゃう。全てはあるがままで、なら…って。

じゃあ僕も活力的じゃなくてもいいのだろうけど、なんかこう、生命の危機を感じることがある。それでもいいのかもとも思いつつ、うーん… その放棄は違う気もする。放棄ねぇ…

活力。楽しみ。

新しい趣味を探すか。そんな余裕はないんだよなぁ。精神的な余裕がないと趣味に没頭できる筈もなく。精神的な余裕がない?まぁ、そうだね。なんでなんだろうなぁ。とぼけちゃって。

 

病室のベッドで微睡んでいる時、とても安心感があった。余計にもらったブランケットを重ねて肩までかけて。携帯は持っていたけれど、手に取らず、横になって天井を見つめて、眠りに落ちたり目が醒めたり。力を入れる必要もないし、他のことを考える必要もない。温かく、ただ抱かれているような、浮かんでいるような。壁に時計がないのも良かった。今何時だろう?なんて微塵も思わなかった。

痛み止めでぐわんぐわんしてる時も、いつも見てる世界が既に幻想のようだからか、寧ろしっくり来ていた。色々と考えたいことも微睡みのせいか後回しで、それがとても安らかだった。本当は何も考えたくなんてないのかもしれない。

 

その時の感覚がとてもしっかり残ってる。どこか懐かしい。必要の中にしっかりはまったというか、全会一致の休息というか。自分が疲れてるのかな?って思うことに罪悪感を感じる(ということにじゅりんさんに頂いたコメントから気が付いた)のだけど、やっぱり疲れてるのかもしれない。

まぁ、たとえ同じ生活をおくったところで受けるストレスやらは千差万別であるのに、休みに関しては共有された観念で固められてるのはおかしい。向き不向きもあるしね。

 

あ、懐かしさの源泉が分かったかもしれない。小さな頃と重なる感覚だけど、それではない。高校の時、登校をやめることを僕自身が認めた時の、あの朝の感覚だ。あれも全会一致だった。

あの時、精神も身体も限界だったけれど、高校はしっかりいかなきゃって義務感で登校していた。それが呼び出しや帯状疱疹の欠席で出席日数が足りなくなった時、無意識に進学を手放さなかった部分が解けて、翌朝だったかな、気づけば全てが僕から降りていて、本当に明るい朝だった。あの朝のカーテンの隙間から入ってきた日差し、聞こえてくるスズメの声。もういいやって思った時、僕は僕だった。

 

あの感覚だ。

でも今はなぁ。自主的にやってる部分もあるし。自主的?あの時も自主的に自ら縛られていた。うーん、わかるけど、これは時間がかかるよ。性格的にも。でも今それを想起して意識したことは、後々大きくなるのかもしれない。まぁ、今は棚上げ。

 

どうしようかなぁ。

活力、精力、体力、免疫。

体重もジリジリ減り続ける。前はもう少し食いしん坊だった気がするんだけどな。

血液、肉。

食べ物かな。食事の質というよりは欲求。

食欲。それだけじゃなく色んな根本的な欲求が薄れてる。いや、だから活力だと。

活力を取り戻そうと思って若い子たちを見ても微笑ましいと感じてしまう。これじゃお爺さんっぽいから、せめて混じっていけるような心持をと思えど、外から眺めることしかできない。何て言うんだろうな。前にも増してずれた感じ。あなたがいいならいいんじゃないっすかって。基本自分以外の人やものごとに対してはその姿勢だから、自分の興味や楽しみに繋がらない。というか結局そこに僕の楽しみや求める物はないのではないだろうか。掘り返せば掘り返すほど、結局そうなっていったからかな。

ワンダーがなくなったわけじゃない。遠くなった?そう、遠くばかり見て。

遠くばかり見るのはそれが今は大切だからで、近くへの興味が無いわけじゃないとは思う。ただやっぱり何か求めているものは遠くにある気がする。

 

遠くというのは、物理的に遠いとか遠い未来とかそういう意味じゃない。目の焦点が合わないところという意味。遠い目になるから。

でもそればっかりじゃいけないんだろう。それは分かるんだけど、僕はそんなに器用じゃないのです。

 

動物のように、もっとワイルドに生きたいな。ワイルドって何?欲求により忠実とかそういう意味ではないよね。

僕の言うワイルドは、感覚と思考のごちゃごちゃが少なくて、もっとスマートに回路と配線が繋がっていて。それを欲すると言いながら同時に嫌悪を抱くこの感じを取っ払いたいということだろう。どっちかになればそれしかないのだから。それは、それそのものということでしょ?想像でしかないけれど。

 

今も飲み薬で調子悪いし、お仕事は来週からにする。その言い訳。それが必要なのが病理でしょ。だから休みが休みにならない。とは言ってもなぁ。

 

もうやめよう。今日はお開き!

 

 

病室からの景色。

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この真ん中の道路の先にちょこっと見える十字路、そこがこの前書いた、僕がいつも通っている道路。今はまた戻ってきてしまった。戻りたくなかった?確かにもうちょっとあそこに居たかったかな。

 

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横になった時の安らかな感じ。思考も感情も溶けてしまう感じ。赦す赦されるもなく、ただ温かい感覚の中にぼやける。それは、そういう時だったということなんだろうなと思った。

明るい看護師、ゆるい職場

ここの看護師達は元気なのが多い。大学生みたいなノリ。朝昼は廊下から笑い声が絶えない。

 

男女比はドクターも看護師も半々くらいだろうか。昔よりも確実に人数比が平坦になった。日本も今はそうなのだろうか。

 

今日は男性看護師2人が空き時間に僕の病室にとどまって会話していた。日本語に興味があると言うのだけど、聞いてくるのはおふざけワードばかり。(それにしても小澤マリアはいつまで人気ワードなのだろうか?)でもそういう方が和むんだなぁと思った。

彼らも半分義務感からやっている感がある。病院というと辛気臭いイメージがあるが、彼らは患者にも明るく過ごして欲しいという気持ちを持っているようだった。それは何より、彼らが実際明るく仕事をしているからでもあるのだろう。

 

僕は一人で過ごすのが好きだから正直最初は面倒臭いなぁとも感じたけど、それでも会話の後はやっぱり元気をもらった気がした。

日本人の知り合いはこっちの医療現場を見下したりするのだけど、僕は、やはり彼らは彼らの道でプロなのだろうと思った。行動は幼く見えるのかもしれないけど、それも含めてね。

 

場所によってはこういうのは中々許されないのだろうけど、ここではゆるゆるなことの良さを実感できる。楽しさも含め、気持ちは伝搬するものだし、場としても共有するものだ。こういうのもありだなぁと思った。

 

この国では日本に比べれば色々とゆるゆるで、だから僕も過ごし易さがある。その辺はまぁ人によるのだろうけど。細かいことが気になる人だと気が気じゃなくなるだろうし。実際日本に比べると医療ミスも多いと思う(ミスの定義を同じ水準に揃えれば)。結構みんな適当だし。でもまぁそれも含めて軸線上にあって、何でも良さがあればそれは見方を変えれば悪さにもなるのだろうし。

例えば、あんまりぴっちりしているのが当たり前になればぴっちりしたものを与えられるのが当たり前になる。それは不寛容の悪循環を生むことがあるし、なにより客側のモンスターを生むのはそれが勝手に高まった理想を持つからだと思う。

それもまた悪くもありどこかで良いのだろうけど。

 

 

今日は医師に相談し、朦朧として軽い吐き気が出るのは点滴前に注入する痛み止めということで、それをやめてもらった。

抗生物質点滴だけだと確かに朦朧としない。こりゃいいやと思いきや、腕が痛いなぁと不思議に思いながら過ごした。さっき気づいたけど、あれ多分抗生物質用痛み止めなんだね。そりゃやめたら痛いのも当然だと一人で納得した。

でもまぁ耐えられるレベルだし、薬でふにゃふにゃになりながら過ごすよりはいいかなぁと思う。

あとこの点滴寒気を催す。僕が寒がりなせいもあるのかな。多分結構強いのだろうな。

 

早く治さなきゃなぁ。

入院

木曜の夕方からお熱が上がり、悪寒の中Zoom会議を頑張ったのですが途中で耐えられず戦線放棄。

 

3週間前から徐々に悪化している脚の化膿からの発熱なのは明白だったので翌日病院へ行こうと思っていたら、夜中になって手足が麻痺し硬直したため、まずいかな?っと思い病院2へ送ってもらった。感覚がなくなるだけならまだしも、死ぬ直前に魚のようにピンと反ったまま動かせなくなって結構焦った。手足、体感冷たいけど熱いらしいし。

 

救急外来では2時間待った後の問診の結果、僕が先々週までいた村がcovid19のレッドゾーンに入るということで、それを担当しているもう1つの病院へ行ってくれと言われ、隔離テントでお迎えを待った後病院1へ移動…

クラスターが出たって街からは4時間離れているけど、行政区分的には入るからって。医師も看護師も不安を発していたし、向こうもガイドラインがあるであろうお役所なので仕方ないなと思い大人しく従った。

 

幸い、待ち時間の仮眠とそこで飲まされた解熱剤で手足も動くようになっていたので、僕の中で心配は減っていた。

移動先の病院1では救急外来の外でちょこっと脚を見て、「痛み止めあげるから明日の朝クリニックに行ってね」と言われた。この温度差、そしてたらい回しである。

この頃には大分マシになっていたので、おうちに帰ってご飯を軽く食べてから寝た。時計は既に3時を指していた。

 

翌日は熱も38度代前半までしか上がらなかったのであまり心配はなかったけど、怒られるといけないと思いクリニックへ。

そこの医師は熱血系で僕の受けたたらい回しに医療責任の放棄だと憤慨し、レポートするからと言う。僕は、面倒くさいからそんなことしなくていいのになぁと思った。

 

医師はどこも病院の違う専門医とWhats appで患部の写真をやり取りしたりして連携していて、時代の変化を感じた。

血液検査の結果、抗生物質治療が必要とのことで、病院へ送るからそこで治療を受けてくれと言われる。公立か私立かどっちがいいか聞かれたが、お金のない僕は迷わず公立を選んだ。妻がこの国の市民権があるので、公立なら配偶者の僕も医療費が殆どかからない。待ち時間はネックだが救急の場合あまり変わらないし。

 

病院へ行く前にCovid19の検査が必要ということで、鼻粘膜の検体を取られた。さっきまで隣にいた看護師が緑色のゴム手袋だけ飛び出た小さなブース型の個室に入り、不慣れな仕草で鼻に綿棒を突っ込まれる。痛かった。そのまま検体をbio hazardと書かれた袋の中にパッキングし、外に出てきたその看護師は何食わぬ顔で素手のまま外側からゴム手袋を引っ張って直す。色々と不思議な光景だった。

 

夜まで待って結局最初に行った病院2へ救急車で舞い戻った。事情を説明する。言われた通りの行動をしたし、covid19も既に検査した(精度はどうあれ)し、熱血医師のレターもあるし、今回は自信があった。でも夜中のシフトになって昨日の医師と顔を合わせるのは少し気まずいから、取り敢えず早く検査終わらないかなと思った。こういう時向こうが気に病むのではないかと気になってしまう。

 

待合室で前にいた女の子が脚が真っ青だった。アナフィラキシーショックらしい。辛そうだった。

 

問診、触診、血液検査、レントゲンの後更に3人の医者による問診(ここではいつもそう)の後、点滴を打たれる。血液検査はどれも一発ではうまく取れず、点滴針に至っては2回失敗で3回目でようやく入った。看護師が申し訳なさそうにするから僕も申し訳なくなる。

彼女が言うには、見た目はっきり見えるけどうまく刺さらないらしい。失敗する度にアニメとかで「バカな、直撃のはずなのに」と自信たっぷりの攻撃をしたのに煙の中から無傷の敵が出てきた時ような反応を見せる。

そういえば血圧も低めだった。血が増えるような食生活を心掛けるべきだろうか。

 

21時ごろ、ようやく病室へ。ソーシャルディスタンス確保の為一般病室なのに一人部屋の貸切状態。ウキウキ気分。

ここの入院は2度目だ。2年ちょっと前かな。レプトスピローシスで10日間入院した。今回はその時に比べるとかなり元気だ。

 

先ずは研修看護師から質問責め、その後医師からも質問責め。でも質問の多くは問診で既に聞かれたもので、医師や看護師も頭に入っているのはすぐに分かった。じゃあなぜ聞くのだろう?記憶や意識レベルのチェックなのだろうか。

流石に何度もなんども疲れている時に同じ質問をされると疲れるし、目的があるにせよ、知っているのに知らないふりを隠し切らないでされるのはいい気分がしない。

 

Covid19の検査が陰性だったのを知らされたのもここだった。僕は「そうなんですね」と言いながら(そりゃ陽性だったらここじゃなく病院1へ送られるだろうし当然だよね?)と思った。

 

今朝は専門医の回診があった。20人弱くっついていて、インタビューを受ける有名人の気分だった。

 

リンパ腺や患部の腫れ具合から切開して膿を洗浄する手術が必要だろうと同意書にサインをさせられていたが、今朝の超音波検査(グリグリ痛かった)の結果が夕方出て、手術は今の所必要なさそうとのことだった。抗生物質治療で数日入院して様子見。

あまり抗生物質に頼りたくなかったけど、感染を抑えきれなかった時点で僕の免疫の負けなので仕方がない。麻酔が怖い僕は切開しないでいいというだけでもとても気が楽になった。

 

手術がなくなったので飲食オッケー。お薬との相性なのか、朦朧としたり寝たり起きたりして1日が過ぎた。1時になり大分元気になったのでこれを書いた。薬の投与から3時間くらい結構朦朧とする。気持ち良いような、でもどこか不安が混じる感じ。

 

以前は曖昧なままだったけど、今は病室も携帯okらしく、充電用のソケットも教えられた。確かに家族と連絡を取るにも今は携帯がないと大変だしね。

なんだかんだで忙しい3日間だった。明日はゆっくり朦朧とできそう。

最近免疫を含め生命力が色々と弱ってる感があるので、ちょっと考えないとなぁと思う。さてどうしたものか。

 

 

ところで、この部屋は眺めが良くて、いつも僕が車で通ってる道がここから見える。そこをひっきりなしに走る車も。何の気なしに僕が運転している車を、こうやって誰かが遠くから見ているかもしれないんだなっていうのは時々思うけど、やっぱり不思議な感じがする。なんともいえないけど、その両方が合わさるとどこか懐かしい視点。

Max Payneシリーズ

昨夜はYoutubeでMax PayneとMax Payne 2のノベルシーン集を見て過ごした。懐かしい。一番下に貼るね。

 

マックス・ペインはPS2の日本語版を買ったのが最初で、とっても好きだった。当時は中学3年だったかな。ストーリーやキャラクターは勿論、グラフィックノベルシーンの語り口や雰囲気が凄く好き。日本語版は日本語版、英語版は英語版の良さがあると思う。モルダーボイスのマックスはそれだけで価値がありますね。

 

1の方はしばらくしてPC版を買ったり、何年か前に出たiOS版も買った。操作性悪いけど安いし楽しい。興味がある人はやってみてね!

 

キャラは1ではルピーノが好きだな。「堕天使の肉だ!」、英語版でもそのまま"Flesh of Fallen Angel !"名台詞だよね。今でも時折頭をかすめる。友達はフランキーが好きだって言ってた。流石、見る目あると思う。

 

2は日本語版は結局出なくて、当時はDL販売もなかったから仕方なく英語のPC版を輸入した記憶がある。日本で発売されないゲームに限って欲しいのがあったりして、海外通販でゲームを買うことはたまにあった。最近は通販も海外当たり前だし、ゲームはDL販売当たり前だし、便利になったよね。

英語は当時そこまで慣れてもいなかったけど、Max Payne 2は日本語化mod入れないでやってたな。そういうのも勉強になってるのだと思う。modも色々やった記憶がある。ガンカタmodとか面白かった。

 

Max Payne 2がまた良いんですよね。たった2年で驚愕の進化を遂げたグラフィックやシステムもさることながら、ストーリーも雰囲気もとっても大好きですね(語彙不足)。個人的には2が一番好き。声優やキャラクターモデルが変わったこともあって、この辺は意見が分かれるのだけれど。僕は2のキャラのモデルや声も好き。特にモナ。彼女の喋り方は凄くツボなんですね。落ち着きがあって色んなものを抑えているけど、マックスの前では時折感情が滲み出ているというか。

 

マックスの疲れた1人暮らしの雰囲気とかもいいと思う。事件に巻き込まれる前の、何とか毎日生きてる感とか、寂しさのあまりモナと同名のコールガールに電話してしまう変なおじさんなってたり。挙句それを盗聴されているという惨めさ。共感を禁じえませんね。

 

僕が好きなバンドのPoets of the Fallとの出会いもMax Payne 2でしたね。一発で惚れてしまった。

 

内容的には、1が割と純粋な復讐だったのに対し、2はロマンス要素が強いのかな。色んな意味で落ちてゆくマックス。

失うものは全て失い、落ちるところまで落ちたマックスとモナの突然の(だけど謀られた)再会。様々な葛藤がある中で警戒し合いながら共闘し、惹かれあってしまう二人。今見てもこのコンビはいいと思う。心裏腹感。

 

僕はシリーズの大ファンなのだけど、Max Payne 3はちょっとしかやってないんですよ。制作がRemedyじゃなくて、Rockstarが無理やり作った感がある。何と言うのかな。ランボー2っぽい感じ?マックスは1こそ復讐に燃えてたけど、2は別に戦いたかった訳じゃないし、もう許してやって欲しいですね。

それともう一つ。ネタバレになるけど、実はMax Payne 2には2つエンディングがあって、最高難易度のDead on Arrivalでクリアした場合だけモナが生存するんですよ。当時そのエンディングを見た時の僕は本当に救われた気持ちになったのです。散々落ちるところまで落ちた2人がようやく、1から続くごたごたに決着をつけてそれこそ物語としてのエンディングを迎えることができた、それが僕にとってのそのモナ生存エンドなんですね。その後一緒になるにしてもならないにしても、それよりもしがらみからの解放というか。

 

通常エンドは正直救いがなさ過ぎると思ってる。最後の一コマ、マックスはようやく妻(と娘)の死を受け入れる(これはどちらのエンディングでも変わらない)のだけど、いくらヴラッドと決着をつけたとはいえ、モナの死の直後にその納得は当時僕には理解ができなかった。少し前の夢のシーンで、色んな精神病のマックスが檻の中に居るのをプレイヤーが操作するマックスが見る場面があるのだけど、僕の中ではその諦めのこもった納得はこの中の病んだマックスと繋がってしまう。

 

でもモナ生存エンドの場合、本当にちょびっと内容が変わるだけなのにこの一コマがスーッと入ってくるというか、マックスの中でのしがらみからの解放をそのまま感じることができた。

だから僕にとってはリアルエンディングはモナ生存の方だけになっているのです。ですが、あろうことかMax Payne 3は通常エンドに繋がってるために、この3のストーリー開始時点で僕の中でようやく救われた2人がなかったことになってしまう… 由々しき事態。

だから3はあんまりやってない。いや、まぁそれが正史だと言われても頑なにパラレルワールドだって思えばいいのだけど、やっぱりなんかねー。愛を感じないんですよねー。希望的観測だけど、Remedyだったらこんなめちゃくちゃなストーリーにしないだろうし、この繋げ方はしないと思う。

だからMax Payne 3は僕にとってはパラレルワールドの世界であって、シリーズは2までなのです。

 

Max Payne 3開発当時(だったかな?)にRemedyが作ったAlan Wakeは面白かった。ゲーム自体は少し作業感があったけど、ストーリーや雰囲気はとっても好きです。精神的な部分の描写がとても上手。あとやっぱりMr. Scratchいいっすね。

Remedyの新作のControlもいつかやってみたいな。

 

あ、そういえばMax Payneは映画版もあるんですよね。当時結構楽しみにして映画館で観たんだけど。ノーコメントで…

 

 


Max Payne Graphic Novel

グラフィックノベルシーン以外は飛んでしまってるからこれだけ見ても少し飛び飛びなのだけど。Max Payneはどの動画もそうなのだけど、コメント欄がクオート集になってて笑える。まとめられてるのないかな。


Max Payne 2 all cutscenes HD GAME

2はBGMも大好き。雰囲気ってやっぱり大事ですね。見てると久々にやりたくなってくる。モナのパートが好きだった。

 


Max Payne 2 :Dead on Arrival [Alternate Ending - Mona Survived]

モナ生存の方のエンディング。コメント欄見るとやっぱり知らなかった人が多いみたい。最高難易度だと結構難しいからね。僕と同じでこのエンディングがリアルエンディングなためにMax Payne 3を受け付けないって人がいて嬉しい。この動画だと最後の1コマがカットされてるけど、こっちにも1個上の動画の最後と同じだけど微妙に口調が違って、もっと安らかな感じな "I had a dream of my wife. She was dead. But it was alright."が入っているのです。

 

 

ちょこっと書くつもりがかなり長くなってしまった。やっぱり好きなことだと色々書きたくなるんだろうね。

過渡期と思うものが過渡期でないという疑念 ドリー

 

僕は何を探してるんだろうなぁ。一生探し続けるのかな。なんていうんだろうな。前に比べれば輪郭も浮かんできた気がするけど、核心には辿り着けない感じ。それを阻んでいるのは自分自身だというのも何となくわかってる。

そう、そういうことも含めて色々分かってる自分がいるんだけど、その自分は少し離れているというのかな。うーん。

 

以前に比べれば大分内面も落ち着いたとは思うんだよね。でもその中で改めて見失ったものもあるし、僕自身については深めようとすれば深めようとするほど分からなくなる。いや、分かってるんだよ。ただどうしようもないというか。うーん。まぁ、ハッキリした人から見ればそれも言い訳なのだろうけど。

まぁ、僕という人間はずっと優柔不断だったからね。別にそれは悪いとは思ってもいないのだけど。

 

生産性が前にも増して落ちたね。いや、そもそも生産性の何が大事なのだろう?僕が今まで生産してきたものに何の意味があるだろう?ばっかじゃないの?(二重の意味で)っていうのが一つ。

じゃあ今の自分にとって大切な何かを生産するか、それとも今無意味と感じるものを生産しながら別の価値でそれを見るか、色々あると思うのだけど、結局オーバーシンキングで動けない。

考え過ぎとか言うけどさ、考えようと思って考えてるわけじゃないから厄介なのであって。切り離すかって思ったけど、思考を切り離せるのは意識下のみなんですよね。人には得意不得意があるから。

リンゴを見た瞬間ただ美味しそうとか綺麗とか思えた頃っていつ頃までだろう?純粋さに憧れるのは不純な思考や連想の連鎖に嫌気がさしてるからなのかな。うーん。

 

僕はこれは一時的なものだと思っていて、探しているものが見つかれば、トンネルを抜ければ、生産性もグーンっとうなぎ上り!っていうのは言い過ぎであっても、多少迷いも抜けて何かに取り組めるようになるかなぁって。そう思ってはいるものの、中々うまくいかないっすね。まるで探しているものなんて本当は最初からなくて、『迷って探す』という部分を延々と続ける呪いでもかかってるんじゃないかと思ってしまう。その疑念。

その一つ一つのプロセスは僕を作り替えていっていることは分かっているけれど、ではその先に何があるんすか?っていう。まぁ何もないのだろうし、何かあるのだろうけど、結局これをいつまで続けるのか分からない限り、いつまでも続くかもしれないという不安に苛まれる。いや、まぁいつまで続いてもいいんだろうとは思うんだけど、それは生産性に響くし、もっと言えば(物質的な)生活に影響が出るからね。それは良くないでしょ?ってハッキリ言えなくなったなぁ。バランス悪いかなぁ。いや、でも一時的だから…過渡期…

 

楽しいことを考えよう。

そういえば今さらだけどファインディング・ドリーを観た。面白かったし、中々考えさせられる内容だった。消えかけた記憶を辿っていく。

ドリーの場合は記憶がエピソード記憶にならないのではなく、取り出すところに難があるということなのかな。思いつめる性格ではないドリーだとしても、やっぱり自分を形作る記憶が曖昧なことは辛かったのではないかと思う。って、これはかなりズレてるな。歪んだフィルターを通ってますねぇ。彼女は純粋にお父さんお母さんに会いたかったわけだからね。

 

うーん、気持ちが乗らないなぁ。お開き!

足が痛い日の長距離運転

13時間かけて街に戻ってきました。

足が痛い。左足、ふくらはぎからくるぶしにかけて癰のようなものが複数出来ていたのだけど、運転中に結構悪化したようで左足がかなり浮腫んでいて体重を掛けたり動かしたりするとしばらく痛い。伝染性なようで、家族仲良く罹患中。その内よくなるでしょう。

 

今日はロードキルは珍しく犬一匹しか見なかったのだけど、交通事故現場を通り過ぎた。多分事故後20分ぐらい。顔に布をかぶせられたムスリム女性が担架に乗っていて、綺麗な手だなぁと思った。見た目、あんまり損傷はなさそうに見えたのだけど。登坂車線の終わったちょっと先で、2台は多分正面衝突。他の人はどうなったのだろう。

 

直後に思ったのは、気の毒だなぁというのと、これから家族が知るんだろうなぁということ。そして、こうなってしまうと早朝見た犬と同じだなとも思った。ただ、放置されないで丁重に扱われるだけ。でもそれは大きいのかもしれない。

 

普段60~80km/hで走っていてもビュンビュン追い抜かれる山道(勿論毎度のように事故現場を見かける)なのだけど、その事故現場を通り過ぎた後は誰も追い越しをしようとせず、ちゃんと車間を保って等速で6台並んで走っている光景が面白いなぁと思った。この人たち車間距離ちゃんと取れるんじゃん…

取れないのではない、取らないのだ。ということは分かった。

 

夕方、黒っぽい灰色の雨雲や白い霧の裂け目から、雄大な山々が、遠近をこれ以上になく感じさせる山地森が、そして海岸線の先に沿って、あの場所からだと小さく見える複数の真っ白な入道雲が、太陽を飲み込み、柔らかい橙色~クリーム色を滲ませる雲を中心に、本当にいろんな色を放つ雲たちが広がる空が目に入ってくる。

車を降りて写真を撮りたいと思ったくらい、芯から揺さぶられるような壮大な綺麗さ。深い息をつきながら、これなんだよなぁって。うわぁっていう純粋な驚きと、この世界を本当はどこかでわかっている懐かしさが入り混じった感じ。ずっと浸っていたい大きな流れ。本当の居場所だと思う。

もっと見ていたかったけど、本当に一瞬で通り過ぎた。脇見運転をするわけにもいかないから、瞼の裏でシャッターを切った。

それがまた、ぼやけているけど誇張されていて、どこか創作的。僕自身の存在というか、この意識が知覚し、意識する世界はどれもどこか創作的に感じているから、やっぱり僕にとっては全てが創作、空想、幻覚なのかもなぁとまたよく分からないことを考えていた。

でもあの景色が目に入ってきた時のあの感覚は、紛れもなくそういったものとは別のものであって、ってまたいつもの流れじゃないか。

 

まぁいいや。疲れた。足痛いなぁ。左股関節のリンパ腺も結構頑張ってる感じ。このコマンドポスト感。

『欠勤』の文字が脳裏にちらつく。

現実逃避 『ザロエスカス』

時々小説とか書いてる方見かけるからから僕も即興で文章を書いてみよう。

 

ザロエスカスはタペランツォ(地球でいうアンドロメダ銀河の縁部にある小さな惑星)に住むノパガンタという知的生命体の一個体で、スケンルォ暦12650年に生まれた2862歳(地球年でいう185歳)です。スケンルォはタペランツォの近縁に位置する惑星で、ノパガンタの本来の故郷であり、タペランツォはオゥワルン教徒の植民地でしたが、スケンルォ暦8765年に起こった65革命により異銀河種族親交革新派と見做された政治囚の島流し先になっていました。

 

現在では資源力と能力革新(元々タペランツォに住んでいたパルンという6足歩行知的生命体との精神的融和による形状進化。ノパガンタは必要な時にだけ子孫を残すが、異種族との融和を利用することがある)により強大な力を手にし、祖惑星スケンルォだけでなく近隣星系を支配するに至ります。

しかし、異銀河種族の連合であるプラータオ、その中でも特にウカーラ(ヨスラン5恒星系を支配する水棲種族)は、ノパガンタの他文明に対して閉鎖的でありながら(65革命の結果である)示す急速な拡大志向に警戒し、大規模な軍事侵攻を準備していました。そんなことはノパガンタの多くは、知るよしもありません。例外的に通商船団の従事達はその気配に気付いていましたが、彼等は10世代以上も船団に従事しており、祖惑星の者たちとは既に性質が異なっていましたし、帰属心など毛頭持ち合わせていなかったので、その情報を有利になるよう活用しようと秘匿していました。彼らはこの日の為に準備していました。

交易の傍らとある衛星に要塞化した拠点を設け、プラータオ側として侵攻に参加するための造船プラントを稼働させていました。そこで彼らはウカーラから提供された技術を駆使して次世代先進戦闘用ワームホール航法装置『ラダエ69』や自動複製修復船殻、そしてガンマ線弾頭も装着可能な対プラズマシールド電磁貫徹複合弾『ノスボーリ24』などを試験的に装備した巡航戦闘艦サヴォーユ級や多兵種の先進オートマトン部隊(別プラントで製造)を内蔵した強襲衝角戦闘艦ケラミン級を複数建造し、それぞれ4隻が完成していました。

数こそ少ないものの、この8隻だけでも慢心しきったノパガンタのタペランツォ主力艦隊に容易く風穴をあけることができる質的優位を備えています。

 

 

ザロエスカスはそんな時代を周りのノパガンタ達となんら変わらずに生きる青年です。他の子達と少し違うのは、彼の水色の目は奥底に深い悲しみを宿していることでしょう。ノパガンタには、少なくとも現在のノパガンタには悲しみなどという概念はないのですが。

 

ザロエスカスは今日も好物のスパゲッティラ(タペランツォの西の海にある海溝で豊富に取れる節足生物で、繁殖期になると高高度までロケットのように飛翔し、卵をジェット気流にばら撒きながら力尽きて死ぬ)の入ったバッグを第4腕に持ち、第2腕を器用に使い毒棘を抜き、1匹ずつ丸呑みしながら地方都市ケールにある宗教学校に向かっていました。

 

彼はスッタ教の敬虔な信者(この頃のタペランツォでは選択的宗教義務化制度により7大宗教のうちどれかの信者になることが義務化されていました)でしたが、ある日を境にオゥワルン教の始祖が夢に出てくるようになり、戸惑っていました。過去強大な力を持ち種族の分断をもたらしたオゥワルン教は現在では禁忌とされ、詳しい内容は種族の記憶クラウドからも抹消されているはずだからです。

 

(つづかない)

 

ここで僕は我に返りました。荷造りしなきゃいけない日に僕は一体何をしているのでしょう。

現実逃避は終了です。

 

 

因みに4章ぐらいで現代地球人の子と意識が繋がるパートがあって、過激さを増す戦闘の最中、ザロエスカスとその子は相互に大きな影響を与え合いながら両銀河が精神面と物質面双方の飛躍的発展を遂げる。それだけでなく2人の精神的な融和を通じて種族や外見、様々な垣根を越えた宇宙規模のロマンチックな展開がですね…

 

はい。荷造りします…