満月が円環の光で虹色に照らす雲たちは、めくるめく変化する大地のようであり、南太平洋に浮かぶ、密林の島々のようであり、記憶の中の様々な風景を重ね合わせたかのような重厚さであり、繊細な柔らかさであり、どこか立体を超えたもののようだ。
その流れを眺めていれば、自ずと風は止み波は静まる。
今どれだけの人が月を眺めているだろう。僕は僕を通して月を内面に取り込み、複製した月を鎮まった世界の宙に浮かべる。多分これは現実の月より小さくて、もう少し柔らかい光を内側から放つ月。
それを人もワニも居ない、でもクラゲが浮かぶ静かな湖の畔から、月明かりが照らす雲や山、波一つ立たない水と一緒に眺めてる。
もしある人がさ、月を眺めて同じような景色が浮かんだらさ、きっとフワッと繋がって雲間の世界へ飛んでいけるのだろうな。
時間を超えた存在になる為には、きっと一人では駄目なのだと思う。形や数やまとまりや繋がりがどうであれ、想うことのできる存在があって、溢れる温かさの中それは永遠となる。
孤独はそこに至る糧であり、夢想は目を直視する力だろう。
自動筆記モードだとむず痒い上に意味がわからず、それでいて断定の多い文章になる。ぐちゃぐちゃにしてるのは思考なのかな。
歩きスマホが危ないのは分かるけど、入りやすいんだよね。浮かぶからそのまま書けるというか。
敷地内だし今は車いないからいいよね!