様々な虫の声、ヤモリの声、カエルの声、フクロウの声、森の香りの空気、降りてくる霧、月明かりに照らされる木々、時折聞こえるサル達の声。
ハンモックに揺られているだけでとても心地よい。
内面と外面が静寂を取り戻し、一体となる。
明日はまた長距離移動。長距離運転。やだなー。
そしてまた空気が重く人が沢山いる街の生活。やだなやだなー。
オフィスに行く毎日が始まる。やだなやだなやだなー。
想像しただけで心がざわついてきた。
深呼吸、深呼吸…
身を削って心を削って街に住む意味があるのだろうか。
でも都市が中心に回る世の中、そういう時代だ。その回ってる中に入りたくないのに、入らないとお金が手に入らない。子育てができない。学校に行かせられない。
学校とか要る?って思うけど、それが求められる世の中だから、僕の勝手な思想で行かせないわけにもいかない。僕の人生じゃないから勝手なことはできない。
ミックスとして、二重国籍として生まれた子の父親としてどうしていったらいいのか。
日本、この国、その選択は18歳で本人がするのだから、余計にお金はかかるけどインターナショナルに行かせている。
僕にできるのはやっぱり選択肢を多く残すこと、彼なりに選べるように極力バイアスがかからないようにと思った。
彼がどう自分自身のアイデンティティを定着させていけるのか、そう考えると双方の文化にもある程度触れさせないとなぁとは思う。
結局どれを選んでも親のエゴなわけで。
彼にそのエゴを押し付けた親として認めてもらうためにも、彼自身を全力で認めていこうと思っている。
この子はまだ外向きが強いのでそこまで心配していないのだけど、下の子は1歳にしてかなり僕に似た特徴をもっていて、心配になってしまう。勝手に決めつけずにかかろうとは思うのだけど、気づくと「辛い世界をその目で見るのかなぁ」と思ってしまっている。1歳児相手にそんなこと考えるのは不健康だとは思うのだけど、何か目の中で通じる瞬間がある気がして、引っ張られてしまう。
どちらの子も好きなことが自然と見つけらるよう、それを自分なりに楽しめるようにというのが一番だろう。
それも僕自身の抑圧の反動から生まれたエゴなのかもしれないけど。
それにしても街に戻るのやだなー。
子育てする環境じゃないと思うんだけど、そこに居ないと色々偏った教育を受けさせなきゃいけなくなる。
それ良しとできないのも僕のエゴなんだよなぁ。良しとしたところでそれもエゴなのだろうし。
そもそも人間の子育てなんてエゴしかないのだから、それでいいんだよね。それに躓く僕がおかしい。何が捻れているんだろう。どこかに腫れ物があるんだろうけど、それがどこにあるか分からない。
そこに何かあると気づいた気がするだけでも収穫だろう。
今日はもう寝ます。あー、やだなー。
夜が明けなければいいのに。