感じたこと、思ったことノート

主観の瞬間的垂れ流し、混沌の整理、迷子の自分探し。井戸の底から最果ての荒野。

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hasriq3.hatenablog.com

実家という空間 祖母 母 叔母

日本での滞在は1か月ちょっとだった。2年前に帰った時から祖母の具合があまりよくなかったので、今回は主に祖母と過ごす時間にしようと思っていた。ということでまずは祖母のこと。

1月中頃実家に着いて会った祖母は思っていたより元気そうだった。2年前は食事が喉を通らなくなってかなり痩せていたけど、そのころに比べると大分体重も増えて以前の祖母に近かった。お尻から腿にかけて痛いとのことで、前より歩くのは大変そうだったけど。

身体的には大分回復したようだけど、ボケの方は進んでしまったようだ。話していると同じことを何度もループするし、会話に出てくるのは昔話で、毎回同じことだった。名前や人の記憶もごちゃごちゃになってるみたいで、僕も何度も違う名前で呼ばれたりした。

お散歩に行ったり、ストレッチ手伝ってあげたりして過ごして、確かに祖母なんだけど、以前とは違うっていうのをはっきり感じて、ある意味で、僕が知ってる祖母はもういないんだなって納得できたかな。何ていうんだろう、そこまで悲しいわけでも寂しいわけでもないんだけど、うーん。僕は介護してるわけでもないから、ボケが強くなった祖母はただただ微笑ましい存在。子供っぽいなって。そこにいる祖母と接しながら、以前の祖母はもういないんだって徐々に実感していけるのって、緩やかな別れのようで、それは家族に心の準備を与えてくれるのかなとも思った。

 

でも僕の妹も弟も去った実家は祖母と母と、近所から毎日来る叔母の3人の空間なのだけど、とても嫌な空間になってしまっていた。もともと母と叔母は仲が良くない。正確に言えば叔母と仲が良い人間は家族の中に殆どいなかった。多分だけど、他人の立場で物事を見ることができない人なんだと思う。

その叔母が今はずっと祖母の部屋に居座るようになっていた。聞くところでは、3つあった実家の土地の一つは叔母がボケが入り始めた祖母を言いくるめて売ってしまい、雑居ビルで3階に祖母が住んでいる所は自分の名義にしてしまったようだ。祖母の口座も勝手に管理してるみたい。法律的にも色んな意味で問題があるのだけど、母はそれをどうこうするつもりもないようだった。

それはまぁその3人の問題だから良いのだけど、そういったことや日々の不審が積もり積もったせいか、母もちょっと変わってしまっていた。簡単に言えばちょっと統合失調っぽくなっていた。そりゃあ、あの歪な空間に居たらそうもなるような気がすると一か月過ごして思った。

 

運よく肉体的な元気を取り戻した祖母を中心に、不運にもそういう空間が出来上がってしまっていた。

色々大変な思いをしてきた母だった。DVや夫の借金で大変だったし、僕も色々心配を掛けたし、難しかった弟もようやく結婚までして出て行って、やっと自分の時間を平穏に過ごせているかなと思っていたのだけど、全然違った。苦労人過ぎる。

なんかこう、人のことを悪く思いたくないみたいなところがあるせいか、別の人と入れ替わってるんだとか言うようになっていた。祖母がボケているのも、本当はボケているわけじゃないって。僕はそれはわからないから本当は否定はしたくないし、でも肯定するのはそういう思考を強化するような気がしてもっと良くないとも思って。複雑。

母は誰かが好ましくない行動をしたときに、何でそんなことをするのかって母なりに理解しようとし過ぎちゃうんだと思う。それはある意味逃避なのに。

 

僕の頭の中では、母がそのストレスから解放されるには、その空間を変えるしかないと思った。まず祖母がボケていることの診断書を出してもらって、銀行なんかも弁護士入れるなりして処理していかなきゃいけないし、後見人もちゃんと決めなきゃいけないし。妹と相談してそれを母にやんわりと伝えてみたのだけど、なぜか僕と妹が結託して、叔母に操られて何か企んでいると思われてしまった。僕も妹も叔母が嫌いだからあり得ないことなのだけど。

僕ってそういうまじめな場面で困ると笑い顔になっちゃうのね。多分困ってるのを気づかれないための作り笑いなんだけど、それが更にまずかった。

 

まぁともかく、母が祖母がボケていることを認めてくれないと何も進まないし、あの空間は変わらない。自分が苦しい立場で我慢することで空間を取り持とうとしてしまうのは昔からの母の悪い癖だと思う。他に苦労をかけまいとやってるのだろうけど、こっちとしてはそれで母がおかしくなってしまうのではないかと心配で。

 

あとね、まぁその延長なのだけど、夕飯を叔母が作ることが多くなってたの。叔母は自分が作るって言った時に誰かが何かすると機嫌が悪くなるから、母は勿論何も言わずに作ってもらう姿勢だった。

それは良いのだけど、叔母は自分主体な思考の人だから、料理も相手に合わせないの。正直僕にとっては物足りないし、うちの家族にとってもそう。言わないけど。

料理ってさ、一時帰国の時の楽しみの一つなのね。母や祖母の料理は何を食べても懐かしいからそれが楽しみなの。それに引き換え、叔母は以前は全く料理はしなかったから、僕にとっては全く懐かしくないのね。あんまり口にも合わなくて。

食べたいものがあって材料買ってきても叔母が料理しだしちゃうから作れないし。それが地味に苦痛だったな。今回は食べたかったもの、あんまり食べれなかった。母に次はいつ帰ってくるの?って聞かれたけど、こうなると次回帰国する意欲があんまり湧かない。ただ心配だから帰らなきゃとは思う。一時帰国というものが僕の中で以前とは違うものになっちゃった。

 

 

まぁでも一つ思うのは、祖母を言いくるめて土地と建物の名義変更をするのも全く理解できないわけではない。独り身の叔母にとっては祖母が居なくなれば母ともどうなるかわからないし、冷たいようだけど僕ら兄弟が叔母の世話をすることも無いだろうし、間近に迫った老後に色々不安もあるのだろうから。

 

良くないよねこういうの。でも僕一回嫌いになるともうだめなんだよね。生理的に受け付けなくなってしまう。10年以上口きかなかった。今では表面上はちゃんと会話もするけど、あの時のことを忘れることはできない。あの子が死んでどうしようもなく辛い日々で、部屋に閉じ籠っていた僕に対して、勝手に上がり込んできた上に「そんなことでいつまでも」って言ったこと。今思い出しても本当に嫌な気分だし、あの時叔母を蹴り飛ばしたこと(本当に飛んでた!)は1ミリも後悔していない。あの人なりに良かれと思ったことなのだろうけど、価値観も性格も違い過ぎる。無理。対話できない相手に距離感を伝えるためには蹴ってむしろ良かったのではないか。

ほんと僕はつくづく都合の良い人間だと思う。やらされて人を怪我させたことはずっと悔いてる癖に。

 

ダメだこのモード。

まぁともかく、実家はそんな空間になってたってこと。表面上は違うんだけどね。表面上は皆気を遣ってくれいただろうし、弟や妹も何度か来てくれたし、皆楽しく過ごせたと思う。

家族ってほんと何なんだろうね。