感じたこと、思ったことノート

主観の瞬間的垂れ流し、混沌の整理、迷子の自分探し。井戸の底から雲の上まで。

あれこれ Levi Patel - Since Last Letters

取りあえず何か書いてみようと思ったけど特に書きたいことがないという。違う、書きたいことがないというよりまとまらないのが分かってる感。なんかこう、濃度が薄い。

心地はいいんだけどね。集中できるムードじゃない。ただぼーっとしてるにはいいんだけど、ぼーっとし過ぎるのもどうなのかっていうのも思うよね。

 

ニュースサイトでも見てみようか。

小室圭… この話題まだやってるんだ。この人世間で言われるほど頭悪くないと思う。

そういえばね、僕実家が美容院だったんだけど、女性週刊誌が置いてあってね、小中学生の時とか時々読んでたの。雅子様がどうのって記事ずーっと載ってたし、何か知らないけどダイアナ妃もよく出てたよね。それで今はこれでしょ、好きな人多いんだなぁと思った。別にいいんだけど、あんまり酷いとルサンチマンみたい。

おめでたいことなんだしそんなに目くじら立てないでもいいと思う。

 

だめだこのネタだと続かない。

 

ラニーニャ現象発生の可能性だって。こっちの方が面白い。

ラニーニャだとこっちも雨が多くなる。排水の問題もあってこの街最近やたらと冠水するんだけど、年末年始にラニーニャが来ると結構な洪水が起きるかもしれない。沢山水没する車が出て大変だろうなぁ。他人事じゃないよね。気をつけなきゃ。

 

村の方は雨が多いとエビが獲れるからその点は恵み。いや、熱帯だから雨が多いのは当たり前のことなんだけど、ここ数年雨季の雨が少なすぎる。それが長期的な周期の問題なのか気候変動の問題なのかわからないのだけど。スコールが減ったのは森が減ったからっていうのはよく分かる。砂漠から来たアブラヤシじゃ蒸散しないし、農園の土地は保水性どころか排水重視で、単純に土壌からも大気からも水が減ってる。水はそのまま海に流れてしまうのだから、上下運動のスコールが減るのは当然だろう。すぐ近くの保護区では雨が降ってるしね。

人が植えた作物が環境を変化させるって面白いよね。人が維持しなくなれば植生も年月をかけて元に戻るのだろうけど、人が維持する限りはその植物が支配的になるわけで、環境もその特性に引っ張られる。

 

なんていう話題は楽しいけどここに書いても微妙だからこの辺で…

 

他のニュースも微妙だなぁ。なんか違うこと考えよう。

 

そういえば最近丁度寝る頃に窓の外に月が出てる。半月過ぎてから結構明るくて月光浴気分。月光浴とか適当な造語書いたなぁとか思ったけど、検索してみると結構出てきてびっくり。効能とかどうなのか知らないけど気持ちはいいよね。月明かりぐらいがちょうどいいというか。僕夜型だから横になって音楽聴きながらおめめぱっちりで、リラックスしつつ高揚してるような状態なことが多いんだけど、副交感側に振れる感じ。満月に近づいてあんまり明るいとあれだけど。それでも届く波長の量が違えば性質は違うのかな。

今日は曇ってるから見えないかな。雲間に出る月が一番好きなんだけどね。

 

そうそう、あとね、今日は蕁麻疹がね。多分昨日買って捌いてお刺身にしたキハダのせい。家族は何ともないから僕がそういうタイミングだっただけだと思うけど。昨日食べた時は何ともなかったんだけどなぁ。

痒い…薬もないんだよなぁ。喉とかに出たことはないから怖くはないんだけど。(弟が昔喉が塞がりかけて病院に運ばれてた)

 

あとね、この曲が最近お気に入りでよく聴いてるの。


www.youtube.com

 

胸の奥の方が絞られるような感覚がある。虚無と希望の同居。静寂の奥の喧騒。寂しさの温かさ。新しい朝の懐かしさ。

 

日々を生きている人々というのはそれだけで、それだけだからこそ輝かしいなと思った。

動画は昨日初めて観たんだけど、北インドのレーで撮られたらしい。チベットから亡命してその辺りに住んでた知り合いとかがいるんだけど、彼らがどんなところに住んでいたのかちゃんと知らなかったから何だかとても感慨深い。行ってみたいなぁ。

 

日々を生きている人々って書いたけど、僕は生きてないの?そこなんだよなぁ。日々を生きる難しさ。未来ばかり予期して辟易しちゃうからかな。生活にプレッシャー受けすぎなんだよね。こうしなきゃあれしなきゃ、やれ生活費だ将来の展望だって、その思考が合わないってわかってるなら捨てちゃえればいいのに、それがまた難しい。

贅沢な悩みなのは分かるけど贅沢でも悩みなんだよなぁ。あれこれ考えず小さく生きたい。せめて子供が大きくなったら。