感じたこと、思ったことノート

主観の瞬間的垂れ流し、混沌の整理、迷子の自分探し。井戸の底から雲の上まで。

動物の想い

人の勝手な見方を動物等の行動に当て嵌めた記事や動画やテレビ番組が凄く嫌いです。

 

例えばこれ

このオランウータンがブルドーザーに向かっていったのは事実だけど、行き場がなくてブルドーザーに向かっていった可能性が高いだろう。左右に抜けられる幹があればそちらに抜けている可能性が高い。それを「森を守ろうとして」は全くあり得ないとは言わないけれど、やはり勝手に解釈し過ぎだと思う。

 

その方がウケるのはわかるし、それで世の中が回っているのも分かる。でもこれをそのまま受け止めるというのは、この行動に至る当事者(オランウータン)の感じたもの、経験を蔑ろにするだけではなく、それを自分の言いたいことを伝える為に曲解し、プロパガンダの為のパペットとして利用しているだけだろう。傲慢と呼ばずして何なのだろう。

この手法が本当に嫌い。

 

NGOもよくやるし、テレビ番組でも見かけるし、Youtubeの動画なんかでもよくある。

動物の行動はよりピュアで崇高だと僕は思っている。それも僕の勝手な想いなのかもしれないけど。人間は自分たちの感じ方を何にでも当て嵌めたがるが、僕はそれがとても気に食わない。同じ人間ですら他人の想いは分からないのに、なぜ動物の行動を解釈できると思うのだろう。どうして彼らの想いを尊重することが出来ないのだろう。そこには自分の方が優れているという潜在意識がないだろうか。

 

分かる筈がないものを分からないとしておけないのだろうか。自分の眼で見た光景を、自分として受け止められないのだろうか。

異文化を勝手に理解しようとして、他人の気持ちや他種の気持ちまで勝手に解釈しようとする。すべて繋がっていると感じる。

 

NGOの人はそうやって勝手な想いを抱いて活動して、それは結局自分の想いを押し付ける結果にならないだろうか。そうやって勝手な想いを振りまいて、色んなものを無視した勝手な想いばかりが伝搬されてしまう。本人の想いなど端からどうでもよいのだろう。

 

こういった記事を真に受ける人たちはとても沢山いる。そういう人達は本当に優しい心を持っている。

その勝手な優しさが子供の頃から怖かった。